少年は長い動詞が好きだ。

ふーん、行くんだ、やっぱり!

ヒノエウマでB型の妻は、やんちゃな子供がこれ以上ハシャグのを諭すような口調でボクの顔を覗き込んだ。

うーん、行こうかな、やっぱり!

ヒツジ年でA型のボクは、知られたくない

秘密がバレそうになった子供のように、

ちょっぴりおどけながら、か細い声で応えた。

はっきりいって、同窓会だよね、それって

違う、違う。今回は同窓会じゃなくて、松ちゃんの1回忌だから

松ちゃんとは、ま、ボクが夢見る演劇少年だった頃の師匠。表現、特に芝居に対する思いはこのとき鍛えられた。

滑って転んで、悩んで苦しんだ、沈思黙考、七転八倒の多感な時代のある時期、心のほとんど中心にいつも松ちゃんがいた。

23歳の頃。

演劇少年ボク。

少なくとも1年間は松ちゃんととてつもなく濃い時間を過ごした。

マネージャー、運転手、宣伝担当、人集め、軍資金捻出、そして、役者。

アレコレ、ナンダカンダ、いつも走り回っていた気がする。

よく考えてみると、今もあんまり変わらないかも。

そして、松本雄吉は天才だった。

役者としても。

脚本家、演出家としても。

1970年に劇団日本維新派(後の劇団維新派)を結成した。一人ひとりが派として潮流を産み出していく劇団であるようにと、維新派は生まれた。

関西アングラ界の旗手として、常にアッと驚く仕掛けと装置を駆使した特設野外劇場を作り上げ、作品を発表してきた。

超スペクタクル野外劇されどわがテンノウリは、4日で完結する4夜連続の長編作だった。

特に1991年の東京汐留コンテナヤードでの野外公演少年街は、演劇界を大きく揺るがした。劇場というより、誰も見たことのない街を造り上げた。

少年街。飛行機になって飛ぶシーン。

(写真は少年街パンフレットから)

大阪弁のコトバを変拍子のリズムに乗せながら身体を駆使する独特の表現スタイルはヂャンヂャンオペラという新しいジャンルを開き、以降、国内外から高く評価されてきた。

台湾、オーストラリア、ヨーロッパ、南米ツァーなどを成功させ、維新

派の名前は世界に轟いている。

ヂャンヂャンオペラの初作品

少年街(写真は維新派大全から)

宮崎にもやってきた青空

(写真は維新派大全から)

と、まぁ、ざっくり紹介するとこうなるが、ボクがいた70年代は、ヂャンヂャンオペラとは真逆の泥臭い、いってみればローソクの灯りが似合うアングラ全盛期。

巨大ビニールドームシアター、土と水による円環劇場、百坪の波打つ舞台、巨大滑り台舞台、雪と火山の劇場などなど、たった1回だけの公演のために生まれたこれらの野外劇場から、傑作もたくさん生まれている。

コトバとカラダをモノのカケラのように捉え、昇華させてゆく風布団はこの頃の最高傑作といっていい。

70年代の傑作風布団。

風布団の脚本。

コトバ遊びの面白さは、この頃から始まった。

ただ松ちゃんとふたりぼっちの維新派になった辺りは、深い闇の時代。

ほとんど語られることのない、誰も知らない維新派暗黒時代。どこゆく維新派迷宮篇といったところだろうか!?

やがて松ちゃんはここから復活していく。

松ちゃんに再びエネルギーが溢れ出した頃、ボクは大学を卒業、東京に就職した。

なかなかヘコタレない根性は松ちゃんに随分鍛えられたからなぁ。

ちょっぴり社会をナメてたと思う。

そのしっぺ返しは小さくはなかった。

NOといえない仕事への態度が、自分の情熱そのものに敵意を抱く引き金になり、やがて、人間嫌いに陥り、ココロはゆがんで、ひずんで、ポキッ。

発作的に東京を飛び出した。

福岡で300円しかなくなったけど、いつしか宮崎にたどり着き、パチプロになっていた。

息を吹き替えすのにそこから2年。

妻に出会うのにさらに2年。

今も、本当にかすかな縁、出会いから生かされているんだと思う。

そんなボクを縁に維新派は宮崎に2回やって来た。その後、大阪南港や岡山の離島など何度か妻と芝居を観に行ったけど、ここ10年、松ちゃんには会っていなかったのだ。

食道癌になっていたことは知らなかった。

逢いたかったな。

平成28年6月18日、松ちゃんは亡くなってしまった。まだ、69歳だった。

松ちゃん、おつかれ。

アレから1年。

その偲ぶ会が開かれるとなれば、行かないわけにはイカナイ。

じゃあ、やっぱり、昔の人がいっぱい集まるじゃん、同窓会みたいなもんだよね

そうかなぁきっと、知らない人ばっかりじゃないかな。でも、行かなきゃ

松ちゃんつながりで、会場は息苦しいほど。

何とか妻の許可を得、会場がある東梅田のビルの地下、西天満のライブハウスへ。

6月24日。開演14時。

もう一度逢いたい。維新派松本雄吉1周忌の集い。

公演さながらいつもの屋台村も出現し、縁日のような祭り気分も盛りがる。

方で派手などんちゃん騒ぎ。

若者たちの群れの中に、おじさん、おばさんたちは、ぽつりぽつり。

誰や?絹川か?生きとったんか。わいも生きとるでぇ、まだまだ死なへん若いときに病気したやろ、だから長生きしとるんやと、ボクの頭を撫で繰り回しながら、訳のわからない理屈を押し通そうとする不死身の男、白藤茜。

生まれつき重度の障害者だけど、フィールドアスレチック等の組み立てを請け負う白藤組の親方として、劇団員は随分世話になった。野外特設劇場の舞台づくりの技術はここで覚えた。

35年ぶり。

66歳になっていた。

劇団日本維新派結成メンバー、唯一の生き残りでもある。

かつて維新派の父と呼ばれ、役者としての存在感はハンパなかった。圧倒的な迫力で空気と時間を支配する。

風呂屋の湯舟のシーンを思い出した。

スクラムを組んだ大勢の白塗の男たちの上気したカラダからは、白いドーランがライトを浴びて湯煙のように立ち上り、その真ん中辺りから白藤茜がセリ上がってくる。

あんさん、わての下駄箱の番号札、知りまへんか?

風呂に浸かった白藤茜の気持ち良さそうな顔。風布団の名場面だ。

今でもふと、思い出す。

白藤茜は、健在だった。

ガンバレ!白藤茜。

辺りを見回した。

懐かしい顔ぶれがチラホラ。

でも、ほとんどは少年街以降の関係者たち。

70年代の戦友は、数えるほどしかいない。

その節はお世話になりました。

振り向くと、懐かしい顔がふたつ。

25年ほど前に宮崎にやって来た少年街のメンバーだ。一人は家業の肉屋を継ぎ、30キロ太ったそうだ。もう一人は相変わらずのボクよりイケメン。

ステージでは、松ちゃんのドキュメンタリーなどが上映され、みんな大声上げたり、拍手したり、思い思いにハジけながら懐かしんでいた。

誰もが受け入れる約束された光景が心地いい。ひとときの幸せな関係のなかで、みんな子供のようにハシャぐ。

舞台監督や美術監督、スタッフ等による座談会も催され、いよいよテンションが上がっていく。

維新派の役者たちによるパフォーマンスが続く。このコたちが台湾で公演したあと、結成47年の維新派は幕を閉じる。

現在の維新派。最後の維新派

次から次へとパフォーマンスは繰り広げられ、音楽もガンガン、酒もガンガン、血はドクンドクン。

松ちゃんを肴に、バカな話に夢中になり、笑い焦げながら、ときにはシンミリとしながらも、包まれる幸福感に心を委ね、時間は止まってしまう。

ステージはノリノリ。いつまでも続く。

少年は長い動詞が好きだ。

70年代、松本ちゃんが、ボクらに残してくれた言葉だ。

今回、偲ぶ会に来る前に維新派の関係者から、年内に松ちゃんの本を出したいから資料を借りたい、と連絡を受け、探したところ見つかったインタビュー記事の中から、注目したいメッセージを要約してみた。

ガキの頃は動詞がすごく多かった。蹴るとか、殴るとか。同時に動詞が続く時間も長かった。蹴るんだったら蹴り続けていたし。つまり遊びほうけるということだ。

それだけ少年は動詞が好きなんだ。飛び降りるなら、飛び降りている時間が長ければ長いほどいい。俺はあいつらと一緒に、長い動詞を発明するということが芝居するということなんだ。

当時、ボクらは松ちゃんからテーマを与えられ、自分ならではの動詞を磨くことに苦心を尽くした。しぐさやリズム、身体的不自由、保護色との関係性を追求していく体練の数。

今でも芝居を観るとき、そこにどんな普通じゃない動詞がうごめいているかをみるクセがついてしまった。

ヂャンヂャンオペラのコンセプトは

踊らない踊り、歌わない音楽、しゃべらない台詞、だそうだ。

ナルホド、この3つの表現が融け合うように混ざってヂャンヂャンオペラという新しいスタイルが生まれ、少年たちの長い動詞は発明されやすくなったのかもしれない。

ただ、どの時代の舞台にも間違いなく、少年たちの、維新派らしい不思議な熱気を帯びた長い動詞がはびこっていたはずだ。

逝ってしまった松ちゃん。

また、逢いたいな。

また、逢いたい。

サヨナラ、松ちゃん。

このライブハウスにも、少年たちの帰らない帰れない帰りたくないという、長い動詞がいつまでも渦巻いていた。

もう、深夜。

明日は倒れるという動詞がないことを祈った。

PS

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